卒業生の声
卒業生の方々から現在の仕事や数理工学専攻についての声をお寄せいただきま
した。(50音順)
太田睦さん
1983年修士課程修了工業数学講座(現:力学系理論分野)
現在の職場:NECカラーPDP事業部回路技術部長
この圧縮符号化を含めて、私が取り組んだのはディジタル画像信号処理とい う分野でしたが、数理工学を出ていたことで多少なりともよかったと思えたこ とは何度かあります。たいがいが電子工学か情報工学の出身である同業研究者 達に較べて数学系の論文を読むことに抵抗が少なかったために、色々な新技術 をいち早く導入することが出来たからです。フーリエ変換を発展させたウェー ブレット変換というものを画像符号化に応用する提案を他に先駆けて出したこ とがあるのですが、それも米国の数学論文誌に出ていた88ページの論文を読 み通せたからでした。
あるとき、社内でのレクチャー用に信号処理理論を説明するテキストを書い ていたのですが、ディジタル信号処理の基本には超関数であるデルタ関数が鎮 座していることを再認識してしまいました。学生の頃は「こんな非現実な関数 をいじりまわして何になるんだ!」と関数解析の教科書を呪っていたものです けれど、我々がCDやDVDで聴いたり観たりしている信号の根本に関わる理 論でもあったのです。元来デルタ関数は基礎物理の分野で生まれたものですが、 それがオーディオやビデオシステムの基礎になっているんですから、数学理論 の奥の深さを思わずにはいられません。
画像信号の圧縮符号化技術が実用期に入ったこともあって最近仕事を変えま した。今はプラズマTVの回路を作っていますが、数理工学を勉強することで 身についた「背後にある数理から考える」という姿勢は今後も何かの役に立つ だろうと漠然とながら思っています。
岸田正博さん
2000年離散数理分野(茨木研)
住友電工情報システム株式会社 管理ソリューション開発部
(住友電気工業株式会社より出向)
所属の示す通り、業務管理のためのソリューションの開発を行っております。 昨今、ナレッジマネジメントという言葉が流行っていますが、我々の部署もそ の流行に流され、ナレッジマネジメントを実現するためのソフトウェアなるも のを開発しています。
ナレッジマネジメントを一言で説明すると、「知識の共有と活用」です。世の 中には、その人しか知らない有益な情報を持っている人々がいて、その情報は 文書化されていることが多い訳です。(例えば、論文であったり会議資料であっ たり)一方で、ある情報が知りたいけれど、誰に聞けばよいか分からない人々 も山のようにいます。そこで、これらの情報を共有するために、オラクル等の RDBや(今、流行の)XMLデータベースなどに集めて、みんながアクセスできる ようにするわけですが、大量のデータから自分が必要なデータを探し出すのは、 想像以上に時間がかかります。つまり「共有」したものの、「活用」できない わけです。そこで、我々は、これらの大量のデータから必要な情報を見つけ出 し、「活用」する機能として、
・自然文を入力して、あいまい検索ができる検索エンジン ・文書データを自動的にカテゴリごとに分類する機能などを開発をしています。
● 数理工学で学んだことと現在の仕事との関わり
私の今の仕事は、プログラミングを中心とした開発です。相手は、数百メガ以 上の大量の文書データであり、これらを限られたメモリサイズで高速に処理す るアルゴリズムを考え、コーディングしなければなりません。上司からは、こ とあることに「メモリは?」「処理速度は?」と聞かれます。私の研究室では、 アルゴリズムやデータ構造をテーマとしたゼミを毎年行っていましたが、二分 木や平衡木などのデータ構造や、アルゴリズムの計算量の解析など、基本的な 知識が今でも役に立っており、時々ゼミのテキストを読みあさっています。
塚本真司さん
1999年物理統計学分野(宗像研) 修士課程修了
住友電気工業 情報システム部
しかし間接的には役だっていると感じる事もあります。今の仕事は既存のシス テムの問題点を見出しそれをいかにして解決し新システムとして実現するか、 といったステップを踏んで仕事を行っていくのですが、これは院生時代の研究 活動に通じるものがあり、当時の経験が活きていると言えるのではないでしょ うか。しかし私は大学院で学んだ事を無理に仕事に結びつける必要はないと考 えています。2年間の研究生活を仕事に活かす事が出来ればそれはそれですば らしい事だと思いますが、たとえ全く関係のない職についたとしても自分の人 生の中で有意義な2年間だったと実感出来るはずです。自分の興味のあるテー マで研究をし、修士論文という形でひとつの物を残したというのはそれだけで も自信につながっていきます。これは長い人生の中でも貴重な経験だと思いま す。これから大学院で研究生活を行う学生のみなさんには自分の納得のいくま で徹底的に自分の選んだテーマを突き詰め、有意義な研究生活を過ごして欲し いと思います。
松尾琢磨さん
2001年3月制御システム論分野(片山研) 学部卒業
シャープ(株)調理システム事業部技術部勤務
皆さんのなかで、もし電気メーカー(他の業種でも同じだと思いますが)に 就職を望んでいる方がいたら、本当に会社で必要とされるのは、大学(院)の 成績や研究内容よりも自分自身の人間性であることを覚えておいてください。 挨拶はできていますか、目上の人には敬語が使えますか、人前ではっきりもの がしゃべれますか、他人とコミュニケーションをとるのは得意ですか、そういっ たことです。私も人のことを偉そうにいえる身分でもないのですが、社会人に なって一番感じるのはそういうことです。
平成大不況と呼ばれるこのご時世、現状に満足している職場はほとんどない と思います。つまり、ほとんどの職場は小泉総理ではありませんが、変革を求 めています。変革には多大なエネルギーと勇気が必要です。しかも、多かれ少 なかれリスクが伴います。そこでは、教科書(常識)どおりの人間はあまり必 要とされていません。しかし常識のないひとには、常識をはずれた行動は起こ せません。なぜなら常識のない人には、なにが非常識なのかわからないからで す。常識があるからこそ、非常識になれる。京都大学の学生の方々はいわゆる 教科書の勉強が非常に得意な人たちの集まりです。だからこそ教科書に載って いないことができるはずです。共に明るい21世紀を築いていきましょう。
森山裕之さん
2000年3月最適化数理分野(福嶋研) 修士課程修了
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)
Global Business Services, Workplace Services, Support Services.
Information Technology, Systems Analyst
− 現在の仕事 −
日本にあるすべてのオフィスと工場の社内PCに関して、ユーザ(社員)をサポー
トする社内ヘルプデスクのマネージャーを務めています。これまでプロジェク
トマネージャとして担当したプロジェクトは、日本全体で6つあったヘルプデ
スクを統合し、1つのコールセンターで日本のオフィスすべてをサポートする
体制を整えるというものでした。今後予定されている私のプロジェクトは、現
在マニラでパイロット中のWeb-based automation サポートツールを日本のす
べてのオフィスに導入し、サポートの効率化、つまり、費用対効果の改善を行
うものです。もう一つは、国内で一つに統合されたコールセンター業務を、さ
らにアジアレベルで統合し、その後、世界全体で統合し、アジア・ヨーロッパ・
アメリカ地域の時差を利用し、24時間のサポート体制を整える。そこまでもっ
ていくのが当面の仕事となる予定です。
− 大学での研究で何を学んだか −
福嶋研(最適化数理)では、線形計画法やニュートン法等でよく知られる最
適化の手法を基礎から学び、修士論文では、拡張カルマンフィルタという制御
分野でしばしば使われる最適化手法を、ニューラルネットワークの学習モデル
と呼ばれる一つの最適化問題に対して適用し、それらを改善した手法を提案し
ました。そして、論文中では、その提案法の収束性を理論的に証明するととも
に、実験においても改善を確認しました。 今述べたような研究テーマを選ん
だのは、私としては、最適化手法の理論的側面を追求するよりも、その応用分
野に興味があったため、応用分野の一つであるニューラルネットワークにおい
てアルゴリズムの改善を実験で実証したいとおもったからでした。その他、十
分な研究をするには至りませんでしたが、株式などの経済市場への応用にも興
味がありました。
− そもそもなぜ「数理」を選び、なぜ「最適化」を選んだのか −
私は、もともと数学や物理というものの理論的な面よりも、それを現実問題
へ応用させることに興味を持っていました。率直に言えば、世の中でいかにし
て「利益」を生むか、に興味があったのです。それを最も満たしてくれそうだっ
たのが数理であり最適化だったから、です。
− 大学で学んだものとP&Gでの仕事、そのつながり −
正直に言うと、最適化数理の理論や手法、それ自体が仕事上で直接役に立っ
ているということは、今はありません。ただ、背景となる最適化のものの考え
方は、たしかに、ベースとして役に立っていると言えます。 例えば、
P&G内での仕事の仕方として、なにかを改善するためのプロジェクトを立
ち上げるときには、なにを改善するのか、それをどう評価するのか、その際に
関係してくる事実や条件はなにか、それらを明確化した上で、プロジェクトチー
ムメンバーに共有します。これは、最適化数理において、事象を最適化問題に
置き換える作業とよく似ているのです。なにを改善するのが=目的関数、どう
評価するのか=目的関数の選定、その際の条件=制約条件、といった具合です。
物事を客観的に捉え、なにを変えるために、なにをすべきなのか、それを見抜
くことは仕事を進めるにあたって強い付加価値となります。逆を言えば、「と
りあえず、これをやってみよう」という提言は、支える根拠と理論がなければ、
複数の人間を巻き込む「企業」という集団の中では、実現しづらいのです。
数理工学を学ぶということは、数字という客観データを用いて、目標と仮定を
明確化するという、企業活動で度々必要となるものの考え方を学ぶということ
と等しいといっても過言ではないでしょう。
− おわりに −
「電気」「情報」「機械」といった得意分野が明確な名前と比べ、「数理」
は一見わかりにくいものですが、その中身は実に価値のある「数学的思考」そ
のものです。事象を数学的に捉え、数学的手法を用いて、改善策を見出す。常
に改善を求められる厳しい状況におかれた今日の企業にとっては、そのような
基礎をすでに身に付けた数理工学の学生は、ひろく価値を提供できるマルチプ
レーヤーとなり得る存在でしょう。今なお続く情報化のトレンドの中、キーと
なるのは、テクノロジーとその活用です。直感的アイデアと理論的思考が必要
となります。その思考能力を鍛える場として、数理は最適な場所の一つだと信
じています。大学の研究がそのまま企業での仕事に結びつくことは多くはない
でしょうが、数理工学は、仕事上必要になる「理系の頭」、を磨くのには適し
た環境です。 京都大学で数理工学を学べたことは、私にとって、現在の仕事
の支えにもなっていますし、今後のキャリアの糧となっていくことでしょう。
私の大学時代に、学ぶにあたってすばらしい環境を提供していただいたすべて
の人たちへ感謝するとともに、数理工学の今後の発展を祈っております。