卒業生の声
卒業生の方々から現在の仕事や数理工学専攻についての声をお寄せいただきま
した。(50音順)
赤埴淳一さん
1985年 工業数学講座 (現:力学系理論分野、岩井研) 修士課程修了
日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所 主幹研究員
研究分野としては,知的エージェントや Semantic Web と呼ばれる分野にあた り,人工知能,特に知識表現や推論における数理論理学が基盤となっています.
85年に入社以来,人工知能に関連する研究を進めてきましたが,研究を進める 際に役立ったのは,解決すべき問題の背後にある数理的なモデルを見抜き理解 するという数理工学的な考え方でした.在学中の方へのアドバイスとして,技 術に関する知識だけでなく,問題の背後にどのような本質的な数理モデルがあ るかを自分で考え,数理工学的な視点を身につけていただきたいと思います.
荒木次郎さん
1995年旧応用力学講座(現物理統計学分野、宗像研)修了
現在の職場名:(株)三菱総合研究所 科学技術研究本部
私が所属している三菱総合研究所は、いわゆるシンクタンクという業界に属す る会社で、経済分野から社会公共分野、情報システム分野、科学技術分野など さまざまな分野に携わっています。クライアントは主に官公庁、大学・国立研 究所、公共サービス系企業などで、受託業務という形で、調査・研究、システ ム開発などの仕事をさせて頂いています。会社の雰囲気は非常に自由で、個々 の研究員がクライアントから仕事を受託してきて会社が維持できるように稼い でいる限り、仕事の分野に特に制限はありません。私は入社以来、科学技術の 分野で次のようなプロジェクトに携わってきました。
発電所建設に伴う海流や水温変化の環境への影響を定量的に評価するための、 海洋数理モデルのコンピュータシミュレーションの仕事をしました。また、 海流などの物理系だけではなく、植物プランクトン・動物プランクトン・ 魚類などの食物連鎖をモデル化した生態系モデルの開発にも携わりました。 このプロジェクトでは、実際に現地に行って大規模な海洋観測の様子を 見させて頂き、実際の自然現象の観測から、大量の観測データの処理、 数理モデル化、シミュレーションまでの、一連の数理科学の醍醐味を 味わさせて頂いた貴重な経験になりました。
このプロジェクトは受託業務ではなく、社内での新規分野開拓の一環で行なっ たもので、日本でも数年前から重点領域になっている脳科学に対し、数理科学 が今後どのような貢献を行なうことができるかを調査・研究するものでした。 また実際に脳科学の計測データに対し数理科学的手法を適用し、その有用性の 検証も行ないました。適用したデータは多重電極計測データで、複数の脳細胞 の活動時系列データから特徴的な活動パターンを発見し、脳細胞間の相互作用 ネットワークの推定を試みようとしました。
現在非常に注目されている、ヒトやイネなどのゲノム解読プロジェクトや、ゲ ノム解読後のタンパク質機能解析を中心としたポストゲノムプロジェクトなど の、大規模国家プロジェクトを現在お手伝いさせて頂いています。バイオサイ エンスになぜ数理科学なのか?と思われるかもしれませんが、上記の国家プロ ジェクトなどでは大規模なウェットの実験が行なわれ、大量のゲノム配列(ヒ トの場合約30億の文字列データ!)やタンパク質配列、タンパク質構造、遺伝 子発現時系列データなどが吐き出されていますが、そのままではただのゴミに なってしまいます。そのためこれらの大量のデータの中から何らかの有用な情 報(ゲノム上での遺伝子のありかや、その機能情報など)を数理科学的手法を使っ て抽出/予測したりすることが期待されています。この分野はバイオインフォ マティックスと呼ばれ、隠れマルコフモデルなどの確率モデルや、動的計画法、 最適化手法、パターン抽出、クラスタリング、時系列解析など、数理科学的手 法のオンパレードの分野です。
前述したように、私が携わらせて頂いた仕事は異なる複数の分野に渡りますが、 共通していえることは、「自然現象から計測された大量のデータの中から、特 徴的なパターンを抽出し、それをもとに自然現象を表現するモデルを作成、モ デルをもとにシミュレーション/予測を行なう」ということで、これはまさに 「数理工学」そのものです。特に「複数時系列データより何らかのパターンを 抽出し、現象をモデル化する」ということは、前述の3つのプロジェクトに共 通しており、環境アセスメントでは植物プランクトン・動物プランクトン・魚 類などの生物量変化の時系列データから食物連鎖をモデル化することに対応し、 ブレインサイエンスでは複数の脳細胞の活動時系列データから脳細胞ネットワー クをモデル化することに対応します。またゲノムサイエンスの分野では複数の 遺伝子の発現時系列データから遺伝子の相互作用ネットワークを推定すること に対応し、現在マイクロアレイなどの遺伝子発現計測技術などと共に盛んに研 究が進められているテーマです。私が数理工学を学んで良かったと思えること は、さまざまな分野に携わることができ、数理工学で学んだ技術を共通して適 用することができた点だと思います。ただ、学生時代に学んだことだけで全て が遂行できることは稀で日々勉強することが必要ですが、他の出身の方に比べ 「土地勘」があることが非常に優位に立てるポイントかと思っています。
飯田正仁さん
2002年離散数理分野(茨木研)修了
株式会社 三菱総合研究所 社会システム研究本部 ITS事業部
社会システム研究本部は、「主体」「技術」「制度・仕組み」の観点から、国・ 地域・都市、行政府、企業、各団体などに対して、実効性のあるソリューショ ンを提供することを目的として活動しています。私の所属するITS事業部は、 IT時代の交通システムである高度道路交通システム(ITS)の普及に向け、 コンセプトの具体化、政策立案等の支援を行っています。
自分の専門である数理工学を生かしていける仕事な何か、これから探していか なければならないと思っています。技術開発・社会実験に関しての数値的なシ ミュレーションなど、定量的な観点が必要な仕事に対して、大学院で学んだ知 識を生かしていきたいです。特に、交通工学の分野などで、このような数理的 な手法が応用されているようです。また、ORのように、現象をモデル化して 最適解を探る手法は、定量的な観点からのみならず、様々な問題の因果関係を 明らかにする上では、大切な視点だと感じています。ORは元来、現実社会の 諸問題に対して、効果的な解決手法を提供するための方法論です。実社会の現 場を見て、ORに関する新たなテーマを提供できればいいな、というのが、私 の目標です。
川内豪紀さん
2001年3月 制御システム論分野(片山研) 修士課程修了
ソニー株式会社 SSAC服部研究室
それでは、大変恐縮ではございますが、私が会社生活で日々感じていることを 2点書かせていただきます。それが、みなさんの研究生活において何かの参考 となれば幸いです。
一つ目は、今、目の前にある研究テーマをしっかりと妥協することなく、取り 組んでいただきたいということです。学生時代の研究テーマがそのまま就職し て役立つということは、とても稀なことかもしれません。しかし、研究を通し て身に付けるとができる事は、実はすごく沢山あるように感じます。それは、 プログラミング技術かもしれません。データの解析手法かもしれません。多く の論文を読むことによる英語力かもしれません。様々な事が考えられます。し かし、なんと言っても「理論的にもの事を考えることができる頭」を創ること ができる、それはみなさんの大きな武器となるでしょう。
二つ目は、プレゼンテーション技術を高めることに努めていただきたいと思い ます。会社では、人に説明をしなければならない場がすごく沢山あります。研 究室では、研究会、ゼミ等で発表の機会はしばしばあると思います。その一つ 一つを大切に取り組んで頂きたいと思います。どのような順番で説明をすれば 聞いている人に十分伝えることができるのだろうか?どのような図を示せば理 解をしてもらえるのだろうか?しっかり考えていただきたいと思います。自分 のやっていることを人に説明する、それはきっと、自分自身がどのように考え てそれを理解したか、を伝えることだとと思います。誰しも、はじめは何をやっ ているか分からず、いろいろな図を書いたり、多くの計算をすることで少しず つ理解していることと思います。しかし、一旦分かってしまうと、なぜかそれ をあまりにも当たり前のことのように説明してしまい、十分な理解をしてもら えない事が多々あります。自分が苦労して理解したこともです。あまりにももっ たいないことではないでしょうか?自分を表現する力をしっかり身に付けて頂 きたいと思います。
最後になりましたが、在学時お世話になった先生方に、この場をお借りして深 く感謝いたします。
檀寛成さん
2001年3月最適化数理分野(福嶋研) 修士課程終了
現在の職場:(株)数理システム
現在,私は,(株)数理システムという会社で働いております.当社の業務内容 は,社会にあるさまざまな数理的な問題を解決するためのソフトウエア開発, ならびにソリューションの提供です.私自身は,NUOPT という最適化パッケー ジの開発と,最適化問題に関するさまざまな技術的コンサルティングを行って おります.
私は,学生時代,最適化数理分野(福嶋研)で,最適化問題ならびにその周辺の 問題について研究しておりました.現在の仕事を選んだのは,研究室で学んだ ことをそのまま活かせる分野だったからに他なりません.
研究室で学んだことと業務内容の関係が極めて深いため,仕事を進める上で非 常に役に立っています.また,当社は大学の研究室のような雰囲気をもってお り,現在も最適化問題のより高速かつ安定な解法の研究に取り組んでおります.
私のように,研究室で学んだことをそのまま仕事にしている人は少数派で,大 多数の人は,研究室で学んだこととあまり関係のない,あるいは全く無関係の 仕事をしているように思います.
しかし,数理工学専攻を卒業した友人たちと話をしていると,業務内容と研究 内容の関係のありなしに関係なく,「研究室で学んだことが本当に役に立って いる」という意見が大半です.ある友人は「数理的なものの見方がコンサルティ ング業務に役に立っている」と言ってましたし,別の友人は「修士論文を書く ときに文章を書くのに苦労したけど,それが今マニュアルを書くときに活きて いる」ということを言っていました.私自身も,上で書きましたように,学生 時代に勉強したことを大いに活かしながら,業務を進めている次第です.
湯口哲平さん
2002年数理解析分野(中村研)修了
株式会社NTTデータ金融システム事業本部第2金融システム事業部
具体的な仕事と言えば、まだ日が浅いこともあり中心的な仕事をしてるわけで はありません。しかし、現在作成中であるシステムの根底となる考え方は、大 学で得た経験に基づいていることを実感できます。応用面は変化が激しいもの ですが、基礎的な部分というのはずっとかわらないものです。今仕事を進める 際に思うことは、一見関係なさそうな研究と仕事のスタンスが実はあまり違わ ないことです。研究する姿勢こそ大学時代に学んで欲しいことだと思います。 そして、今一番実感しているのが文章の書き方を修士論文の時にいやと言うく らい叩き込まれたことでした。作文力というのは表現力でもあり、考えている ことをうまく伝えることができるということは非常に重要です。是非そういう 面にも気をつけて大学時代をすごしてください。そして、学問以外の人間関係 も大事にしてください。仕事といっても決して一人ではできません。人と付き 合って行く方法もしっかり勉強してください。